第2話「見えない心」







俺は今昨日出会ったばかりの人間に助けられ共に車に乗っている。
そいつは大胆にも初対面の人間に手を組もうと言い出してきた。情報も、利益も、勝算も無く…

こいつは俺を信頼している。

普通はしない。

命を懸ける戦場の中で、誰とも分からぬ人間に背中を預けるなどと。

隣で車の運転をしているダルガフを見ながら、俺はそんな事を考えていた。

こいつは本当は…



「ダルガフ…」

「なんだ?」

俺が声をかけると、ダルガフはまるで旧友を見るような顔で返事をした。

もう疑うのはよそう。不思議とそう思わせてくれる顔だった。

「何でもない。」

「変なヤツだな。」

変なヤツなら俺もダルガフと一緒か。

俺はクスっと笑って背もたれにもたれた。










「いい車だろう。日本に来てから買ったんだ。」

唐突に、ディオスが自慢げに言った。

車…か。俺はあまり車の知識がない。


「あぁ、これは何というトラックなんだ?荷台が無いが取り外してあるのか?」

「トラック?…ぶは、あっはっはっはっは」

俺の返答を聞くなりダルガフは大声を上げて笑い出した。俺は少々むすっとしてダルガフから視線を遠ざけた。

「お前、コイツがトラックに見えるのか?こいつは乗用車。乗るための自動車だ。」

言われて車内を見回した。
座席は前と後ろにあり、5人乗りになっている。それにの乗り心地も良い。
車体も荷台は最初からつける場所もなく、綺麗な流線型のフォルムだ。
俺の知っている車とは大きくかけ離れている。


「乗るための車か。あまり使えそうにもないな。」

「ははは、見てな。」


ダルガフは勢い良くアクセルを踏みエンジンをふかした。
あっという間に景色の流れるスピードが速くなり、大きな重力が体を押し付けている。

初めて体験するスピードに、情けなくも俺は目を閉じていた。




「はぁ、はぁ、はぁ。」

暫くして車は少しずつスピードを緩め、通常の速度へと戻った。
全く楽しい事をやってくれる。おかげで情けない姿をさしてしまった。

「ダル…ガフ…」

怒りの眼差しを向けてもダルガフはまるで気付かない。そればかりか大声をあげて笑っている。

「はははは、本当に車に慣れていないんだな。」

「あまり外には出たことが無かったからな。世の中の事はあまり多くを知ってはいない。」


それを聞くと、ダルガフは笑うのを止め真剣な表情を見せた。


「少し、お前の過去を聞かせてくれないか?話したくないならそれでいい。」

「…」

別段面白い話しでもなければ為になる話しでもない。人にするような事でもないのに、俺は自然と口を開いた。


「昔、神と呼ばれた女がいた。その女の名前はアルセリア・レーヴァント。その女は未来を予知し、意のままに変える力を持っていた。復興派は真っ先にその能力に目をつけ、少女のアルセリアを誘拐した。」

「アルセリア…お前の母さんか。」

「あぁ、母さんは復興派の礎にして切り札。未来予知の他にも戦闘能力や勘、科学技術までもが卓越していた。」

「…核兵器開発はその為に進んだのか。」

「そうだ。誰もが考え付かなかったアイディアと錬金術のような技術。米国もロシアも想像がつかないような兵器を数多く作られた。だが、母さんはそんな事を望んではない。幾度と無く脱走を試みた事だってあった。だが母さんは復興派を裏切らなかった。」

「………」

「母さんには愛する人がいたんだ。相手は復興派の兵士。その男は全てを捨てて母さんと脱走を試みた。だが、復興派はあらゆる手段を行使して二人を追い詰めた。男は殺され復興派はその死体を見せて母さんに言ったんだ。お前に未来を選ぶ権利は無い…」

「…ひでぇ話しだ。」

「だが母さんは俺を身篭っていた。復興派やつらは能力者が増えると怪我の功名だと騒いだよ。そうして…俺は生まれた。俺は…復興派に従い組織を守り続ける母さんをずっと見てきた。ある時は人殺しの道具を作り、ある時は銃の引き金に命の重さを感じ、他を寄せ付けない組織の番犬。白髪の姿からいつしか人々はホワイト・ケルベロスと呼ぶようになった。」

「ホワイト・ケルベロス…」

「母さんはただ俺を守っていた。組織の手がなるべく届かないように復興派に自分の全てをゆだねた。体を殺し、心を殺し、魂までもを封印した。俺は…そんな母さんを見ているのが耐えられなかった。」



次の話しをする前にダルガフが言った。

「そうか。その銃はママの形見って訳か。」

まるで先の話しが分かっているように。俺はそれに感づいてその先を言うのを止めた。自分では思っていなかった事だが、きっと辛くなる。

「あぁ、そうだ。俺の宝物さ。」」

「そうか。すまなかったな。辛い事を思い出せてしまって。」

「いいさ。丁度いい時間つぶしだ。」

唯一つの希望だった悲しみ。それがあるから俺は生きている。
他の誰かがそれを共有してくれるならば、俺はもっと長い時間生きていける気がした。例え目的を果たしたとしても…









暫く車を走らせて、車は小さな町についた。
夕方とあって人通りは多い。商店街のあたりには買い物客が黒集りを作っている。

車を止め、俺たちは町へと歩き出した。



数歩歩いて、ダルガフがよろけたのに気付いた。

「ダルガフッ。」

俺は急いでダルガフに駆け寄り肩を掴んだ。
やはり昨日の傷が癒えてはいなかったか。ダルガフの脇腹からは血が滴っている。

「無理しやがって。なんで今まで黙っていた。」

「…いいや、大丈夫だ。少し立ちくらみがしただけだ。…クッ…」

強がってはいてもダルガフが危険な状態なのはすぐ分かった。早く治療をしないと危ないかもしれない。

「医者に行こう。医者なら治せるんだろ?」

「ダメだ。俺達の居場所を大声で居場所を教えるようなもんだ。それに、もうこの町も息がかかっているかもしれない。」


例えそうだとしても放っておく訳にはいかない。死んでもらってはこっちが迷惑だ。
クソ…医者か…

「ダルガフ、少し寝ていろ。」

俺はダルガフの腹部を券打し、ダルガフを強制的に寝かせた。

「ぐほっ。」

これで暫くは大人しくしているはずだ。



ダルガフを背中に担ぎ、医者を探した。
暫く歩いて繁華街にでた。一般人がうようよといる。これだけの人がいれば医者がいるかもしれない。


「おい、医者を知らないか?」

「………」

目に止まった人間に尋ねるが、そいつは無視してスタスタと歩いていってしまった。

「何故だ…?」

そして次の人間も次の人間も。俺の話しを聞こうともしない。そればかりか異形を見る目でこちらを見ている。



「そんな目で見るな…」

いつの間にか、俺の右手はアルセリアにかけられていた。白銀の銃が俺の指に吸い付いてくる。

「そんな目で俺を見るな。」

何かが彷彿するようだった。沢山の目が俺を見ている。沢山の目が俺を殺そうとしている。
誰も助けてなどくれない。殺そうとしているんだ。

そう思った瞬間。俺は殺意がこみ上げるのを感じた。右腕はもうアルセリアを握っていた。


「ディー…」


不意に、ダルガフの声が聞こえた。見るとダルガフは寝言で俺の名を呼んでいたようだった。

「くそッ。」

俺は銃を仕舞って路地裏に身を隠した。





俺は医者を見つける事さえ出来ないのか。
医者…医者が欲しい。

俺が医者だったら…

今ならハッキリと言える。俺は医者になりたい。

ダルガフを救いたいんだ。


俺は無力感と自らの惨めさから地面を殴りつけた。今八つ当たり出来るのはこのアスファルトの地面ぐらいだ。


「これこれ、自分の体を壊すようなマネをしちゃイカン。」


老人の声がして、俺は後ろを振り返った。
そこには声に似合った白髪の老人が立っている。面を食らって情けない表情のまま振り返ったので、俺は慌てて顔を隠した。

「何の用だ?お前は誰だ?」

「そこの外国人。危険な状態じゃな。出血多量で内臓も少し傷ついているようじゃ。」

「アンタ。分かるのか?」

「あぁ。これでも医学を学んだ者だからの。わしの家にその男を運びなされ、なんとかしてやる。」

「本当か!?分かった。」

今はこの男がどういう者なのかなどどうでもいい。ダルガフを助けるのが先決だ。




俺はダルガフを抱えて老人の後に続いた。
少しだけ歩いて老人の家についた。和式の木造建築の小さな一軒屋だった。こんな家に医療施設があるのか?

「入りなされ。」

「あぁ。」

中も別段変わった点も無い。しかし奥の部屋に案内され入ってみると、この家に似つかわしくない手術室があった。
ちゃんと設備も整っており。病院のソレを漂わせていた。

「手術台にそいつを。」

「あ、あぁ。」

言われるまま俺は手術台にダルガフを寝かせた。
老人は手術着に着替え、マスクや手袋をはめていた。すぐにでも治療を始める気らしい。

「40分ばかり外で待っておれ、明日には元気に走れるようにしてやるて。」

「分かった。」


俺は老人にダルガフを任せ部屋の外へ出た。

そうしてようやく頭が冷えた頃、俺はやっと老人を疑う事を始めた。
もしかしたら復興派の回し者ではないのか?いきなり俺たちの前に医者が現れるなど話しが出来すぎている。

手術室の中で何が起こっているか分からない。もしかしてダルガフは殺されているかもしれない。

「クソ…」

俺はアルセリアを握りしめて手術室のドアノブに手をかけた。

その瞬間…

ドアが開き、老人がため息を吐いて外に出てきた。
俺は即座にアルセリアを構え老人の頭に突きつけた。

「そういきり立つな。ヤツなら心配いらん、見た目どおりの頑丈な体じゃ。回復も早いじゃろうて。」

老人は ほっほっほ などと笑いながら手術着を脱いだ。手術室を見るとダルガフが安らかに寝息を立てているのが見えた。
どうやらこの老人は本当にダルガフを助けたらしい。まだ分からないが、取り合えずは信用してもよさそうだ。
俺はすぐにアルセリアを仕舞った。


「お前、腹は空いていないか?」

「………」

「おっほっほっほ。老人のしょっぱい煮込みうどんでも馳走してやろう。」













暫くして煮込みうどんが出てきた。
老人もうどんを食べながらじっとこちらを見ている。

「どうした?食べんのか?」

「…」

「今時の若い者は すぱげってぃ の方が良かったかのぉ。」

俺はこの老人がダルガフのように見えた。無償で人に世話を焼くこの老人が…
そう思った途端に腹が空いてきて気付いた時にはうどんを食べていた。確かに塩辛かったが疲れていたのでこのくらいで丁度いいと思った。

「おっほっほっほっほ。」

老人は笑ってうどんを食べる俺を眺めている。
食い物で簡単に気を許してしまう俺は、まだまだ子供なんだなと思った。










うんどんを食い終わった俺を、老人は不思議そうな顔で見ていた。何かおかしな点でもあっただろうか。

「ふむ。お前さんは外人のようじゃが、日本では飯を食った後にはご馳走様と言うんじゃ。作ってくれた者や材料を育てた者、そして食材に対して感謝してな。」

「あ、あぁ。ごちそうさ。」

「うむ。それでいいのじゃ。」

老人は満足げな顔をして食器を片付けた。
全く何を考えているのやら。



「爺さん。何故俺達を助けたんだ?名前も事情も聞かず、俺達がどんな人間かも確かめないで。」

「面白い事を聞くヤツじゃな。そうしたいからそうしたんじゃ。お前は人を助けるのに理由がいるのか?」

「利益にならない事をしてなんの役に立つ。」

そう自分が言ってから。何か違うような気がしていた。
現に俺はダルガフを助けるために医者を探したし、それはダルガフが利用出来ると思ったからじゃない。ただそうせずにはいられなかったから…

「いや、そうかもしれないな。人を助けるのに理由なんていらない。」

「おっほっほっほ。お前は医者になれる素質があるな。冷静だし熱意もある。」

俺は多分喜んでいたのだと思う。この老人のようになりたいと心から願っていたし、その為ならなんでもしようと思っていた。
生きる目標と生きがいが出来たような気がして、俺は充実感に満たされていた。

「本当か!?俺は医者になれるかッ?」

「人の命を預かる思い仕事じゃ。並大抵の事でまかり通らん。努力は人の何倍もせにゃならんがな。」

「俺は医者になりたい。医者に…」

「うむ。ついてきなされ。」


老人の後に続くと、書斎のような部屋に入れられた。部屋の本棚にはびっしりと医学書が収められており、どれも興味をそそられるものばかりだった。

「その椅子に座りなされ。」

「あぁ。」

俺は客人用に置いてある椅子に座り、老人はいつも使っていると思われる机の椅子にゆっくりと腰掛けた。


「お前さんは悲しい目をしておる。大切なモノを失った目じゃ。じゃがな、それ故に暖かさも持っているのじゃよ。人の死を哀れむ気持ちがあれば人を助ける事も出来る。」

「人を哀れむ。悲しみ…」

「そうじゃ。お前さんはあの男を助けたいと思ったじゃろう。それは理由など無い、衝動的なモノじゃ。利益や都合だけではなくただそうしたいと思ったからじゃろうて。」

「………」

「お前さん方が人の道を外れているのは何となく分かる。それについて詮索する事も咎める事もわしはせん。お前さんはお前さんが信じたもの大切にしなさい。そういう気持ちが、わしは大好きなんじゃよ。」

「それだけの事でここまでしてくれるのか…。」

きっと父親が生きていたらこんな風に話しをしたのかもしれない。そんな事を考えながら俺は老人の話しに耳を傾けていた。

そうして、空が明るくなる頃まで俺は老人に医学の勉強を教えてもらった。初歩的な事から始まった勉強だったが、俺は覚えが早いらしく終わる頃には6冊の医学書が机の上に積まれていた。俺はその6冊全ての知識を頭に詰め込んでいる。


「驚いたわい。まさかこれほどとはのぉ。覚えだけではない、センスや考え方、そして対応力もあるわい。」

「アンタが良く教えてくれたからさ。ありがとう。」

「ふぉっほっほっほっほ。ありがとうか。なんと心地の良い言葉だろうのぉ。その言葉を待ちわびていたぞい。」

言われて初めてそんなにも大層な言葉なのかと気付いた。
俺は真っ先に言わなければならない言葉をこんなにも後回しにしてきた。急にいたたまれない気持ちになって俺はもっと医学の勉強をしようと思った。


「爺さん、もっと教えてくれ。まだまだいける。」

「おっほっほ。何事もやりすぎると害になる。体調管理は医者の第一仕事じゃからな、医者が体を壊しては笑われるぞい?」

「あ、あぁ。」

「今日はこの部屋で寝なされ、そこに布団を置いておいた。また明日起きたらいつでも好きな時に本を眺めればよかろうて。」

「分かった。今日は寝る。」

老人は電気を消して部屋から出て行った。





布団に入るとすぐに眠気が襲ってきた。

いつ殺されるともしれない睡眠だったが、今日はどういう訳か一点の不安も無い。

安心感?のようなものが体を包んでいる気がした。

俺は何に守られているのだ?何が俺を守っている?

体にはただ充実感と希望が血液に乗って駆け巡っていた。俺は今日始めて生きている事を実感したような気がした。
















……ディー……ろ…ディー……


ディー…おい……



ゆっくりと、五感が深い所から浮上していた。

もう朝か?起きなければ…


「ディー。いいかげん起きろよ?」


目を開けると、ダルガフが体に包帯を巻きつけて立っていた。どうやら元気そうだ。怪我は治ったらしい。

「ダルガフ、治ったのか?」

「あぁ、爺さんのお陰でな。よくあんな爺さん見つけられたな。」

「あぁ、自分でも奇跡だと思っている。」


俺たちが話しをしていると、老人が部屋に顔を覗かせた。

「おっほっほっほ、目を覚ましたかデカイの。わしは名医だからのぉ、この位当然じゃわい。」

老人は胸を叩いて自慢げに言った。俺達はそれを見て二人で笑った。
よかった。ダルガフが治って…




そうして俺達は何の礼も出来ずにこの家から離れる事になった。
本当に心残りだった。全てが終わったらまたここに来ようなどと、夢のようで気の長い事を俺はずっと考えていた。

「爺さんよ。本当に助かったぜ。本当なら金を払えればいいんだが…」

ダルガフが言うと、老人は手を横に振って笑顔で返した。

「いいんじゃよ。わしが勝手にやった事じゃて。そうじゃ、ちょっと待ってなさい。」

老人がアタッシュケースのような鞄を持ってきた。俺達は何が入っているのかさっぱり分からずその鞄を見つめて中身を考えていた。

「青年よ。」

青年?俺の事か。
俺は老人が差し出した鞄を両の手で受け取った。

「中を見てみなされ。」

「あ、あぁ。」

言われるままに鞄を開けると、中には医療道具がびっしりと詰め込まれていた。包帯や薬、メスを初めとするオペ道具もある。
言いようの無い気持ちが心から溢れてきて、目頭が熱くなったのを感じた。

「おっほっほっほ、喜んでもらえたようじゃの。知識はお前さんの頭に全て詰まっている、その鞄さえあれば死人でも飛び起きるじゃろうて。」」

こんな時なんと言えばいいのか。俺は必死で考えてた。

そうだった。また言いそびれる所だった。

「ありがとう。」

「ふほほほほ、頑張るのじゃぞ?」






その時だった。

玄関からするノック音。誰かがこの家を訪ねてきている。
俺とダルガフは身を強張らせて武器を構えた。

それを見た老人は俺達を抑止するように手を翳し、頷いてから玄関へと向かった。




「どちら様かのぅ?」

老人が玄関のドアを開けると、男が5人ほど立っていた。男はどれも殺気だったようすで腰には銃がぶら下がっている。
銃を正当化する警官の制服はどこか着慣れない様子で、何かを隠蔽するのに着ているようにも見えた。

「怪しい二人がこの辺りをうろついている。何か知らんか?」

「知らんなぁ。また若い衆でも騒いでおるのかのぉ。」

ひょうきんを気取って老人は答えたが警官達は気に入らなかったらしく、怒鳴り声を上げて言った。

「嘘をつけ。老人と一緒にいる所を見たヤツがいるんだぞ!?」

「どう〜も最近者覚えが悪くてな。」

「貴様!!」

警官はなんのためらいも無く老人を蹴り飛ばした。俺が出て行こうと足を踏み出したがダルガフに止められてしまう。

「ディー、やめろ。」

「あの人数ならどうにでもなる。」

「そういう事を言っているんじゃない。騒ぎが起きれば俺達の場所がバレちまうだろ。あの爺さんにだって迷惑がかかる。」

「く…」

唇をかみ締め。その場を踏みとどまった。

クソ…あいつら…



その時だった。警官が何かに気付いてにたりと笑った。老人はしまったと思い冷や汗を垂らした。

「爺さんよぉ。孫でも来ているのかい?男物の靴が二つ。それに一つは血で汚れている。これ誰の靴ですかねぇ?」

「…」

そうだった。不用意にも玄関に靴を置いたままだった。
何故隠さなかった…こうなる事も予想できたはずだ。
もうばれるのは時間の問題だった。



「逃げるんじゃ!!お前らにはやるべき事があるはずじゃ。」



逃げろ、という老人の声に俺は素直に従う事が出来なかった。今ここで逃げてしまえば一生償えない罪を犯してしまいそうで。
ダルガフが腕を引っ張っても、俺の体は硬直して動いてはくれなかった。



「貴様!!やはりかくまっていたか。」

警官は銃を構え家に押し入った。もはや老人がいくら抵抗しようともどうする事も出来ない。
しかし老人は警官の腕にしがみつき必死に警官を食い止めている。


「ディー!!逃げるんだ!!」

その時の俺にはダルガフの声が何処か遠くで叫んでいるように思えた。
耳には入るのだが、それが脳まで伝わってこない。まるで本能に体が支配されたようだった。

そうしている内に、警官達は俺達を見つけた。奥の台所で身を隠していた俺達に、5つの銃口が向けられている。


「やはりここに居たか。」

もう俺達は完全に包囲された。それでも老人は抵抗を止めてはいない。
それは何処か俺が今成しえようとしている事のように思えて。老人を見捨てて逃げるという選択が出来ないでいた。
それでもここで戦ってもいい結果にはならない。
その3すくみ状態が、俺の頭の中で堂々巡りを繰り返していた。



「ええい、爺。放せ!!」




何の拍子だったか分からない。
老人と警官がもみ合っている内に、一つの銃声が家に響いた。
これは誰が撃ったのか、何処に当ったのか。

そんな事は状況を見ればすぐに分かるというのに、俺は未だに受け入れられないでいた。

ただ…

ただ…

ただ…




老人が…頭から血を流して死んでいる。






血を流して…死んでいる








「…………」

見つめていた。

老人が光の無い目で見つめていた。

俺が憎いと…

俺さえ居なかったのなら…

俺さえ居なかったのなら死なずにすんだ。

憎しみの瞳が俺を睨む。



「…………」

そうだ…

俺は今までこの目で見られてきた。

なんと気持ちを高ぶらせる目だ。もっと殺してくれと哀願しているようにも見える。

なんと心地のいい。



ナント…ココチノイイ




「オ・マ・エ・ラ・モ…シ…ネ」



エモノは5つ。






…………ガントリニティ……………






見える。今ハッキリと10の虚ろな目が…

俺が憎いと睨みつけている。

俺を憎め、俺を見ろ。

殺してやるぞ…



「シュッ!!」

あっけなく、一人目の警官を殺した。
アルセリアの横薙ぎで喉首をかききってやった。


「止めろディー!!逃げるんだ。」


ダルガフが叫んでも、今の俺には耳が無い。
人の声を受け入れるだけの余裕は無く、今は研ぎ澄まされ硬くなった心が胸にある。


「死という未来が目の前にいるぞ。」















……………




……………




……………













そうして…

5分も立たないうちに俺の手は真っ赤に染まっていた。

目の前には6つの死体が転がっている。

荒ぶっていた心は辛うじて落ち着きを取り戻したが、時期に虚無感が訪れた。

俺にはやはり何も無かったんだ。

ただ過去にとらわれて彷徨っている亡霊だ。

心など、とうの昔に死んでしまったというに。一体にどんな希望を見ていたというのだ。全てはウタカタの夢…



「ディー。気は済んだか?」

ダルガフは少々気を立てた様子で言った。

俺は未だに殺気を消してはいない。その事に気付かないダルガフではないだろうに、何故逃げなかったのかは不思議だ。

「話しは後だ。血のりをふきな。」

ダルガフはそう言ってタオルを差し出した。俺はそれに振り向かず俯いていた。

出来れば逃げていてくれたのならずっと楽だっただろうに。俺はもう救いなどないんだと確認したんだ。

俺の居場所など何処にも無い…




俺は黙ってその場から歩き出した。
どうせなら町で目立ってから逃げよう。そうすればダルガフが逃げやすくなる。そんな事を考えながら歩いていた。



「待て!!」





建物全体が、震えるほどの大声だった。

ダルガフは激怒して俺を睨みつけている。



「お前は、爺さんが本当にお前の事を恨んで死んでいったと思っているのか?」



恨んださ。俺のせいで命を落としたんだ。



「爺さんはな、俺達を信じていたんだよ。俺達はどうしてもやらなきゃいけない事がある。それが何なのか爺さんは何も分かっちゃいなかったけど、それでも俺達を信じたんだ。」

「俺は、ただの死神だよ。」

「それでも信じたんだよ。お前を…」

「お前もか…?」

「あぁ。」



ガントリニティでは見えない未来。

不安定で虚いやすい人を心…

信じているのか…

こんな…こんな…悪魔のような人間を信じているのか。






「うぅ…うぁああ…ああぁあああ…






今日の日の事は、この先もずっと忘れないでいようと決めた。












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